軍服たち

信州戦争資料センター

2015年02月13日 21:26

木曽のメガネ屋さんで、メガネを新調しました。そしておやじさんとの雑談の中で、戦争資料館を作りたいという話をしていたら、捨てるつもりだったおやじさんのお父さんの軍服があるとのこと。めがねの引き取りに合わせ、ありがたくいただきました。



大型防寒外套、昭和19年性の外套、通常の昭和17年製の軍服上下、南方戦線用の軍服上衣、襦袢、細い布ベルトの7点。写真の左奥が大型外套です。わかりにくいですが、その右の19年制外套との布地の違いを見ますと、型の違いはあれ、17年製の服との違いは歴然としている。そんな貴重なものが、偶然の重なりで私の手元に来ました。もう少し出会いが遅れていたら、ごみになっているところでした。

メガネやのおやじさんのお父さんは、昭和16年に松本50連隊へ入隊。南方戦線に送られるところ、引き返すことになり生き残る。千葉県で高射砲部隊に配属され、昭和20年4月、米軍機の機銃掃射で自身のヘルメットをかすめた弾が後ろにいた戦友を貫いたという危険な目にも遭いながら、無事、生き残ったとのこと。

連隊唯一の時計職人で、上官や戦友の時計を直していて重宝され、時計の部品が必要と言って木曽に余分に日数をもらって帰ったりしたとのこと。そのおかげで、時計屋のおやじさんは、終戦の少し前に生まれることができたとか。戦友が戦後に訪れて「確かに◎◎の子だ」と話すのが不思議だったとか。

そして、おやじさんの手元には、その時死ななかったことを記念してつくった米軍の機銃弾の置物があります。代々のお守りとして、伝えていきたいとのことでした。大事にしていってほしいです。



そんな、それぞれの家でつたえきれなくなったものを集め、終わらせない、眠らせない事業を進めていきたいと思っています。


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