日常から浸透せよ―日本軍の勢いにかげりが見えてきた時期、実行された紙幣の意匠変更

信州戦争資料センター

2015年08月09日 20:40

 信州戦争資料センターの収蔵品には、当時の紙幣もあります。その中の、50銭紙幣2種類です。


 上が昭和13年のもの、下が昭和17年のものです。中心となっているデザインは上が富士山、下は靖国神社金鵄です。このデザインの変更は、昭和17年10月23日の「貨幣の型式に関する勅令」の改正によって行われました。

 日本を代表する富士山の絵柄から、国のために戦って死んだ兵士を祭り靖国神社で神となれる―と使われた靖国神社に変わりました。金鵄は、神武天皇が戦っているときに手にした弓に飛来して輝き、敵を倒すため力を発揮したという鳥で、「金鵄勲章」という言葉もあります。たばこのゴールデンバットも「金鵄」に既に変更されていました。

 昭和17年10月といえば、ミッドウェイ海戦の敗北から米軍などのガダルカナル島進行と連合軍の反攻作戦が始まり、次第に守勢になってきたころ。紙幣のデザインを変えて、戦争への関心をさらに高めようとしたのでしょうか。たばこの金鵄と並び、日常使う物だけに宣伝効果を期待されたかもしれません。こうして、戦争がどんどん日常に食い込み、サブリミナル効果を発揮したのでしょうか。

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