戦時下の雑誌にも資材の統制、内容の指示が次々と加えられて変貌―ここにも政府の介入

 長野市で2018年3月3-4日に開く「全国ボランティアコーディネーター研究集会2018」の分科会に向けた準備も大詰めです。本日は、戦時下の物資統制や内容の指導によって、出版物がどう変化したかを伝えるため、一番人気のあった婦人月刊誌「主婦之友」を抜き出しました。
戦時下の雑誌にも資材の統制、内容の指示が次々と加えられて変貌―ここにも政府の介入

 昭和12年7月に日中戦争が勃発。昭和13年7月、新聞雑誌の用紙制限が始まります。昭和16年には雑誌や新聞の統廃合が進み、昭和17年末には雑誌の4割減ページ。どんどん本が細ります。昭和12年8月号と昭和20年7月号とでは、ここまで差が出ます。発行部数も大幅に減りました。
戦時下の雑誌にも資材の統制、内容の指示が次々と加えられて変貌―ここにも政府の介入

 制限は用紙にとどまりません。内務省警保局は昭和13年9月、雑誌編集者らと懇談会を開き、股旅物と通俗恋愛物の氾濫に「反省」を求め「時局に即した健全なる娯楽読み物」を要望しています。続いて婦人雑誌関係者とも懇談を持っています。こちらは昭和12年8月号と昭和16年6月号。浴衣女性から勤労女性になっており、指導を反映させたと考えられます。
戦時下の雑誌にも資材の統制、内容の指示が次々と加えられて変貌―ここにも政府の介入

 昭和16年8月、警視庁検閲課により婦人雑誌と服飾雑誌の整理があり、主婦之友は何とか残ります。昭和16年11月、出版文化協会は情報局と連携し、表紙や挿絵、小説、広告など、婦人雑誌の全般を研究。「たくましい銃後婦人の建設」を目標に、来春2月号までには健全婦人雑誌にと要望します。こちらの左が昭和17年2月号です。どちらも勤労女性ですが、笑顔が消えています。
戦時下の雑誌にも資材の統制、内容の指示が次々と加えられて変貌―ここにも政府の介入

 太平洋戦争開戦とともに、言論・出版・集会・結社等臨時取締法が施行され、内容はさらに監視が厳しく。そして昭和19年10月、政府の決戦世論指導方策要綱が決まります。米英への敵愾心を高めて戦争に邁進させる狙い。大政翼賛会調査部がまとめた資料と、こうした資料、要綱に沿ったと思われる主婦之友の昭和19年12月号です。
戦時下の雑誌にも資材の統制、内容の指示が次々と加えられて変貌―ここにも政府の介入

 この号は、各ページに「アメリカ人をぶちころせ」などと直接的な表現で、憎悪に満ちた内容としています。
戦時下の雑誌にも資材の統制、内容の指示が次々と加えられて変貌―ここにも政府の介入


戦時下の雑誌にも資材の統制、内容の指示が次々と加えられて変貌―ここにも政府の介入

 雑誌社も生き残るため国の方針に従い、時には自ら積極的に、こうしたつくりをしていたのでしょう。民衆の世論形成に役立った雑誌の論調の背景に、巨大な国の力があり、誘導していたことは押さえておきたいものです。

2018年3月1日 記

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2018年03月01日 Posted by信州戦争資料センター at 22:51 │収蔵品