新聞社と軍隊のかかわり

「大信州進軍譜 松本部隊行進曲」の楽譜と歌詞です。
新聞社と軍隊のかかわり



松本部隊というのは、松本市にあった大日本帝国陸軍歩兵第50連隊のことを指しているものです。東部第50部隊松本連隊区司令部と、帝国在郷軍人会松本支部の選定歌です。作曲は陸軍軍楽隊ですが、歌詞は「南信日日新聞社」が募集して決定したものです。

新聞社といえば、戦争中、弾圧されて書きたいことも書けず、というイメージがありますが、軍隊が日常に併存している中では、そこと縁のある住民も多いことですから、後押しする企画も営業上、人々の要求上、ふつうに行ったと推測できます。

特に、いざ戦争が始まってしまうと、戦場の情報、特に肉親や郷土の歩兵部隊の動きは大きな関心時になります。そんなとき、郷土の部隊を支えるという姿勢は、やはり出てくるようです。

こちらは、信濃毎日新聞社が公募して制定した「我等が松本連隊」のPR。
新聞社と軍隊のかかわり


満州事変に続く上海事変に出動した松本連隊を応援しようと歌詞を募集、山田耕作が作曲しました。部隊の一部が凱旋する昭和7年4月17日に間に合わせてレコードを発売しました。センターでは、こののちに別のカップリングで販売されたSP版のレコードを所蔵しています。

信濃毎日新聞が桐生悠々の有名な社説「関東防空大演習を嗤う」によって不買運動の危機に立たされたとき、実は松本連隊への記者の立ち入りが禁止されています。部隊は満州にいて、その報道は県民の一大関心事。これが載らないとなれば、不買運動がなくてもまず購読者を食い止めるのは不可能だったでしょう。桐生の退社という新聞社の敗北で決着した背景には、軍隊と縁の深い人たちが求める情報も伝えなければならない事情が大きかったのではないでしょうか。

ところで、最初に挙げた楽譜の裏は、松本市の酒類食料品問屋の宣伝広告ですが、ここで紹介しているのが「理想的液体調味料の元祖 味の種」です。その製造元は陸海軍御用達「味の種」本舗 柳原商会となっておりました。いろんな人たちがつながりあって、軍と一体になっていたのです。こうした環境下で戦争や軍部独走に冷静な判断をくだし、批判するというのは、想像以上に厳しさが求められたことでしょう。

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2015年04月10日 Posted by信州戦争資料センター at 22:51 │収蔵品