貴重品の「松根油増産」ポスター
太平洋戦争末期の昭和19年から20年にかけて、日本のあちこちで松の根を掘り出し、脂分を搾る作業が行われました。「ドイツでは松の根から飛行機の燃料をとっているらしい」という情報に本気で飛びついた軍部が音頭を取った増産運動でした。そのころのポスターを入手しました。 色彩豊かで、なかなかのものです。松の根を掘り返しているのが女性と子供という図柄も、当時の国内事情を映している感じがします。爆撃機は、日の丸が付いているので、防空ではなく攻撃の意思を表して、国民を鼓舞しようとしたのでしょうか。しかし、空襲の日々にあった国民の目には、爆撃の合間を縫って作業せよという感じにとらえられたのかもしれません。
ネット上ではもう一つの図柄のポスターを確認しましたが、こちらも爆撃機が主役でした。
残念ながら、松の根からとった脂分のままでは飛行機を飛ばすことができず、さらに加工が必要でした。が、その工場が空襲で壊滅し、結局、松根油だけでは一機も飛べなかったのが実情のようです(他の燃料と混ぜたとの話は出てきますが、どの段階の松根油を使ったがはっきりしません)。おまけに、当時はドラム缶も手に入らない、輸送する列車も確保できないなど、どうにもならない状態で「自分は戦争をやっている」気分を満足させるだけの効果にとどまっていきます。
ところでこのポスター、実は、かなり傷んだ状態で入手しました。 女性の顔や飛行機のエンジン部分など、破れをへたな裏打ちで直してあるので、かえって変な感じ。業者さんに修繕を依頼し、先にかかげた写真のように修復されました。
業者さんによると、穴などの補修をするため一度、和紙で裏打ち。そこに補強のためさらにメルトペーパーでもう一度裏打ちして完成したとのこと。送料など含め、15000円かかりました。しかし、貴重な品を後世に残すためです。誰かがやらないと、ね。せっかく手に入れたので、こうして補修にも投資し、みなさんに成果をお見せしたいと思っています。
※こちらのブログから訪問された方は、コンテンツを整理したポータルサイト信州戦争資料センターもお訪ねください。
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