大政翼賛会結成後、広まった「翼賛」の使われ方は「はやりですから」以外の説明ができない件
大政翼賛会は昭和15年10月12日に発足しました。国家全体主義の下、高度の国防国家建設を狙い、公益重視で経済や国民生活の革新を目指すーとしていました。こちらはそんな組織の発足を受け、作られた便せんでしょう。
しかし、中身はこのように普通の便せんです。「大政翼賛」とは掛け声だけです。
こちらは、長野県上諏訪町(現・諏訪市)にあった薬局の販促カレンダーです。昭和16年の2月ごろ作られたのでしょう。大政翼賛会の発足に合わせて「健康翼賛」です。が、「健康翼賛って、何?」という感じですね。
こちらは「翼賛カールピン」。大政翼賛会のマークもきちんと入っています。
しかし、くるくる回してみても、特別に標語などが入っているわけではありません。
中身も普通のピンでした。
「翼賛」という言葉は、「愛国」に比べてなじみにくく、何かを連想するように使えなかったのでしょう。そこで、スローガン的に「翼賛」を取り込み、はやり商品として活躍させたのではないでしょうか。
2018年2月13日 記
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